今年の夏はここは秋田とは思えないほど連日猛暑だったのに
お盆が過ぎるとまるで線を引いたように
秋の気配を感じる今日この頃です。
ここに来てコロナはこれまでにない猛威を振るい、
さらに各地で大雨の被害も深刻で、
大変な日々を送られてる人も多い中で
順調に仕事を続けられてる私はかなり幸せな人です。
お盆にご先祖様に手を合わせたとき
私は父が旅立った12年前の夏を思い出しておりました。
その日もじりじりと強烈な日差しが容赦なく照りつける日でした。
あれから12年、時の流れは本当に早いもので、
今年は父の十三回忌でした。
父はもうずいぶん遠くへ行ってしまったんだろうな・・・
当時、私はYahooブログでブロ友さんたちと交流を楽しんでおりました。
父の訃報はファン限定記事で公開したところ
多くのブロ友さんたちから心温まるメッセージを頂戴し、
誰もが経験する親との別れにそれぞれの切ない思いが綴られており、
まるでリアルの友だちのように大きな力をもらいました。
個人的な忘備録ではありますが、
ここから下は私が12年前に限定公開した記事です。
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思い出
遠い昔の幼い日、父と二人でお花見に行ったことがありました。
なぜ二人だったのかは記憶にないけれど、
たぶん兄がはしかか何かで母と留守番することになり
父は私だけを連れて出かけたのだと思います。
公園で桜を見物した後、父は私を洋服店へ連れて行き
欲しい服を自分で選ぶように言い、私は裾に花の刺しゅうが入った
水色のスカートを買ってもらいました。
私の記憶の中で、父と二人で洋服を買いに行ったのは幼い日のその一度だけで
そして、その時のことは私のすべての記憶の中で最も古い記憶でもあります。
時は流れ、私が高校生の時、父は長期出張で単身渡米し、
私は初めて父と離れて暮らすことになりました。
まだメールもなかった時代のこと、私は父に何度も手紙を書き、
決まって最後に「お土産いっぱい買ってきてね」と書き添えました。
数ヶ月後、父は約束通りたくさんのお土産を抱えて帰国し、私へのそれは
人形や絵葉書など定番の品の他にオレンジ色の花柄のワンピースがありました。
私の記憶の中で、父が私に服を選んで買って来てくれたのはそのとき一度だけです。
大人になってパタンナーという職業に就いたのも
少なからずそんな記憶が影響していることは確かです。
今日、なぜこんなことを書いているのかというと、
今日は父のお葬式でした。
たくさんの花に囲まれ、たくさんの方々に見送っていただき
父は幸せだったと思います。
そして私も、この年まで父が生きて見守ってくれていたことは
人生最大の幸せだったと思います。
ここ数日、忙しさに紛れていた思いがここに来て溢れ出し
涙が止まりません。
遠く淡い幼い日や、思春期の頃、父の存在を忘れるほど何かに夢中だった青春時代、
親元を離れて暮らした年月も、大人になってからも
いつでもどんな時でも私を見守ってくれていた父。
そして、いくばくもないことを告げられてから父と過ごした静かな時間、
そのすべてが私の胸の奥で生涯忘れることのない貴重な思い出です。
2009年8月
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